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- byM's Bookshelf 2017 -

[神話学入門(C.G.Jung and K.Kerenyi)]

発達心理学を勉強したところだが、このあたりの勉強をしてみたい・・以下は目次読書

原タイトル:Einführung in das Wesen der Mythologie 1951年(新版第四版)。翻訳は1975年 by杉浦忠夫 晶文社刊 晶文全書

カバー袖の惹句:
神話—それは始まりへの絶えざる回帰である。
古代の人びとにとって、神話とは、美化された幻想でも神々についての作り話でもなく、日常の思考や表現の形式であり、あらゆる不条理や残酷さを秘めた生きる営為そのものであった。
今日われわれにとって、古代の神話物語は幻の世界にしかすぎないのか。われわれはいかにして、神話的始原に関わりえるのか。そして神話学とは何か。
本書は、20世紀屈指の碩学カール・ケレーニイが、「童子神」と「少女神」の二つの典型的な神話像を手がかりに、ギリシア・ローマ古典から現代文学にいたる深い学殖を傾け、卓抜な想像力と透徹した思考を駆使して、神話の本質と根源を解明し、現代の最も独創的な心理学者ユングが独自の分析を付してなった。
人間の成都市のドラマへの根底的な問いに貫かれた「開かれた神話学」のための白眉の入門書。待望の邦訳

 

〇カール・ケレーニイ/wiki 1897‐1973 ハンガリー生まれ 古典文献学を学ぶ 幅広い神話研究者として活躍 1943年以降スイスに住む Amazon著書 
〇カール・グスタフ・ユング/wiki(Carl Gustav Jung、1875- 1961)Amazon著書
*杉浦忠夫 1929 茨城生 近代独文学専攻 明治大学教授  

 目次読書

まえがき

フロベーニウス『運命としての頭』(ミュンヒェン、1924)彼の生涯をかけた業績は、文化と神話の研究者(K・ケレーニイ)にその 事業を継承するように促しまた、それとの対決を強いるものだった 

序説 神話の根源と根拠の創設について カール・ケレーニイ

「神話を創作する文化—その所産が後世のすべての神話学に恐らく影響を与えたであろうような、そういう一つの偉大な文化はいつどこで生まれたのか」という意味での神話学の起源への問いはここでは取り扱わない
「神話は、始原、あるいは始原的な事物と何のかかわりがあるのか」という問い ギリシア語レゲイン:集める、語る ミュートロギアー 詩(ポエジー)と同列の芸術、詩に含まれるもの 神話の芸術 神話とは、神話素(ミュトロゲーム Mythologem)の運動のこと プロ二スラフ・マリノフスキー『未開人の心理における神話』(ロンドン、1926)・・「未開社会の神話、すなわち声明を持った原初的な糧地での神話は、単に物語れた出来事であるだけではなく、一つの生きられた現実である。」原初的で、より偉大、かつ重要な現実を証言するもの 象徴的性格と起源論的性格を否定した 神話の出来事は世界の根底を形作る 神話において重要なのは、問うことではなく、始原への直線的回帰 本書の二つの神話素は、人間な成長と植物的な成長という比喩を借りることによってある軌道を暗示する 萌芽の始原 ゲーテの「核心の深淵」 『円と十字』フランツ・アルトハイム(ベルリン、1938) ローマの建設神話プルータルコスのロムルス伝 円が中心からひかれ、この中心にムンドゥスと呼ばれる円形の穴が掘られる 定礎の生贄を捧げると埋められ祭壇がしつらえられる ローマという都市は、一つの円がその中心から発するよう、四方に広がった この円形の儀式の神話は、ローマ・クワドラタ(四角形)と呼ばれたロムルスの都市の伝説と互いに矛盾? クワドラタの意味は「四つに分けられた」(アルトハイム) 円と市街図は重なり合わないが、長方形の市街図は儀式的な環状図解から出発した 円の中の正方形 曼荼羅 有機体の発生の第三段階、 生殖細胞の四分割の周期 四分割と三分割が単なる身体的な現象としてではなく、精神的な活動としてあらわれる 古代の伝承は三という数が都市構想において果たす役割について語っている 三つの部門、三つの街路、三つの神殿・・ レーオ・フロベ-ニウス『モニュメンタ・アフリカーナ』(ヴァイマル、1939)シルト文化圏東洋から発して西スーダンに到達した一つの文化潮流 一方において男と月と三の数が、他方において女と太陽と四の数 都市というものは父親的な原理と母親的な原理との調和の上に建設されねばならないもの 三角形が四つに分割されたインドの曼陀羅の中心に表れるなら、三角形はインドにおいては女性的象徴として解釈される。古典古代世界においては、三つの身体を持つ女神ヘカテーが三つに分けられた世界(天空・大地・冥府)を支配する ギリシアのいたるところに一人三役の女神たちが登場するが、一男性神が付け加わりさえすれば彼女たちは四者一体となる。多めが身もゼウスとの関係となると、母(レアー)であり、妻(デーメーテール)であり、娘(ペルセポネー)であるという風に三重である。 この正反対をなすものはキリスト教の男性的な三位一体である この三位一体は—処女マリアと同一関係にある。三という数は、ピュタゴラス学派にとっても男性的であったが、それに反して四という数は、彼らに取って、女性的な二の数の二倍として、女性的原理に基づく基本数を形作る 三の数と男との結びつき、四の数と女との結びつきといった特徴的な文化要素は、曼荼羅省庁に関するユング教授の言葉を再び取り上げるならば、「その最奥の構造と究極の意味については我々が何一つ知ることのない核原子」である シルト文化の単位(男=三、女=四) 大西洋文化単位(男=四、女=三) 北エリュトレア文化の単位(男=三、女=二)

Ⅰ/A  童子神 カール・ケレーニイ

1 童子神たち
神話アは神々の伝記ではない 神話で表現されるのは、神の本質 

2 孤児
母親はいると同時にいない
孤児であると同時に神々の寵児である

3 ヴォグール族の神
ハンガリーの民族学者A・リグイとB・ムンカーチ収集 神話素の劇的構造 神々の形姿と調和しうる孤児の運命

4 クッレルヴォ
フインランドの叙事詩『カレワラ』のクッレルヴォ賛歌 英雄伝説 報復的な神体顕現

5 ナーラーヤナ[那羅延天]
『マハーバーラタ』のマールカンデヤ・サマシャーパルヴァン ニャグロダの木(インドのイチジクの樹)の上の幼童「水を住処とするもの」
フロベーニウスの未完の遺作『太陽神の時代』ハンガリーの民族学者一つの共通の根本テーマの確認が済むと直ちに二つの方向に転ずる 第一の方向は深淵:文化の究極の深層へ、第二の方向は太陽神話説(Sonnnenmythologie)へ
われわれの根本テーマ、黄金の卵が大洋の中より浮上して、その卵から幼児が這い出るという現象 一つの自然現象(「非神話」)への還元が不当で不十分、したがって誤りである

神話においては、一つの神話的形象、並びに童子神たちすべての原形象の比喩的価値と、自然現象そのもの— 昇る太陽と生まれたばかりの幼児—の比喩的価値とは相関的でかつ等しい
比喩とは一方を述べるに他方をもってするということである
二つの様式—昇る太陽と新たに生まれた人間たちという様式と、神話的幼児という様式—で、世界そのものは起源と誕生と幼児期について語る 世界は一つの象徴的言語を語る 砂w理、一つの象徴は太陽、ほかの象徴は人原的幼児(「過行く一切のものは一つの比喩にしかすぎぬ」ゲーテ『ファウスト』第二部12104‐5行)
さらにほかの象徴は始原児である。世界は世界の中に存在し、かつ妥当するものについて語る。「象徴(ジュンボール)は「比喩(アレゴリー)」ではない、世界は世界自身の幼児期について語る 世界そのものによって提示された一つの形象 始原児の形象において、世界は世界自身の幼児期について語る 
童子神たちの幼時と孤児の運命は、人間的生命の要素からではなしに、宇宙的生命の要素から発展した
神話の中で一見伝記的と思われるものは、いわば一種の逸話(アネクドーテ)である(p72)

6 アポローン
五体、母の乳房、ゆりかごとして理解される始原の水は、正真正銘の神話的な一つの形象である
水の花から誕生する始原児の形象 ポリネシア人の童子神マウイ 
「この世界は水だった、ただ満々たる水であった、プラジャーパティただ一人、水連の葉に乗って表れた」
ギリシアの変幻自在の海の神プローテウス「最初の存在」
インド『マツヤ・プラーナ』 最初の人間マヌ(魚にちなんだ名を持つ)
ギリシアの海豚(Delphin のデルは子宮を意味する=子宮動物 アポローンにささげられた聖獣 ギリシアの効果には、一頭のイルカが背中に少年か青年と思しき一人の男を載せた柄のものがたくさんあ このような少年の形姿は まず有翼の童子エロース  パラントス、タラス イルカに乗った少年は、多くの場合、額にかかった頭髪に一輪の花を挿している
アポローンの神体顕現 イルカの姿をしたアポローンが船上で彼の未来の祭司たちの席を占めた

7 ヘルメース
アポローンは早々に幼児期を脱する ヘルメースの幼時は一つの特殊なテーマを形成している ヘルメースは古典的ギリシア的な神の幼児における主人公となった オリュンポスの秩序とホメーロスのヘルメース賛歌と並んで存在したヘルメースはその現前と本質が直立した一個の木片まるいは石片(ヘルマ)によって暗示されたほとんど唯一の神で 本質がエロースと非常に密接な親近性を持つ 女性的な音調ではアフロディーテー 「ヘルマプロデートス」は後代の退廃的な芸術が新たに作り上げたものではない 原始的・本質的なタイプの神格像 エトルリアでは、ヘルメスはトゥルムス(男の支配者)、アプロディーテーはトゥラン(女の支配者)として知られていた一対の神々
オルぺウスの天地創造説 太古に原初の卵から一個の両性具有の生物が生じた この原初の卵をパネースと呼んだ アリストパネースの合唱歌では、原始卵から這い出す原生物はエロース
ヘシオドース『神統記』の アフロディーテーの誕生は始原児に関する神話素の一ヴァリエーションである 
ヘルメースは亀(イタリア語タルタルガtartauga、冥界(タルタロス)の担い手)の甲羅で竪琴を作る K・フォン・トルナイ『宇宙の音楽』 (ボルチモア 1943)宇宙の音楽的性質が本質的にヘルメース的であると感じ取る 水と幼児と音楽 アポローンがヘルメースの贈り物として受け取る

8 ゼウス
オリュンポス的秩序の守護者で 担い手 少年神たちのうちで「最大の少年」
個々の「童子神」はオリュンポス的世界像に先んずるもの クレータ島民のゼウス ギリシア本土の雷神で世界の主権者たるゼウス  「年齢を超越した神」
非神話化によってローマ宗教から遠ざけられてしまったものを示す明確な一例はユーピテル・プエル(幼児ユーピテル) ローマでは単にユー=ピテル(パーテル 父)

9 ディオニューソス
W・F・オットーの著作(フランクフルト、1933) 湿潤の要素に対するディオニューソスの深い関係  彼を象徴するものは、すべてこれ陰気に描かれている 古典期の人間が描き出したのは、二つの方向が揺れ動くあの状態の不安定な均衡—幼児や死者たちが存在と非存在との間を浮遊する状態—だけではなく、下なる冥界へと下降する方向が上なる神々に向かって確実に転換すること、すなわち、至高なるものへの発展、最も強きものは最も弱きものから生まれるという確信

Ⅰ/B  幼児元型の心理学のために C.G.Jung

序論
幼児元型(Kind-Archetepus)
未開人の「入場と退場の儀式」 神話は本来前意識的な魂の啓示であり、無意識的な魂の出来事についての不本意な表出であって、肉体的過程のアレゴリーではない 活力にあふれた意義がある
現代心理学では、無意識的な空想活動の産物を、無意識の中で進行しつつあるものの自画像、あるいは自分自身についての無意識的な心の表出として取り扱う 二つのカテゴリー 個人的性格の空想と、 人間の魂一般のある種の集合的な(個人的ではない)構成要素に適するもの
弱体化された意識の緊張度と、集中力及び注意力の欠如、すなわち「心的水準の低下」(P・ジュネ) 元型は常に守護者

 A 幼児元型の心理学
1 過去状態としての元型
2 元型の機能
3 元型の未来性
4 幼児モチーフの単一性と多様性
5 童子神と英雄児

B 幼児元型の特殊現象学
1 「幼児」の遺棄
2 幼児の無敵さ
3 幼児の両性具有性
4 初めと終わりとしての幼児
まとめ

眠れる童子・守護神ククラトゥス ローマの大理石小像(Museo Nazionale della Terme Rom.)

Ⅱ/A  少女神 カール・ケレーニイ

1 アナデュオメネー 
フィレンツェのルネサンスは、ニ大叙事詩よりも、遥かにホメーロス風讃歌の方を好んだ。プラトーンの翻訳者マルシーリオ・フィチーノは、何よりもまず、ホフィレンツェ人文主義運動のもう一人の指導的人物アンジェロ・ポリツィアーノは、アプロディーテー讃歌
大会の中から生まれ、貝殻の中から姿を現し、風に運ばれ、目も文(あや)なる装いをこらした大地女神に迎えられて摩プロディーテー=アナディオメネー(へーシオドスに先んずる神話の女神)が到着する。彼女は最初に生まれた娘Protogonos Koreの一つの相である

2 神話的観念の逆説
神々の姿はホメーロスの時代以来、常に完成されて古典的形式で現れた 真に迫った内面構造  アポローン;崇高な冥調査とは快適な詩の暗さの均衡 デオニューソス;生と死の対立 ゼウス;権力と正義の対立(均衡) 神々の構造が対立するものを釣り合いよく統一するがゆえにこそ対立的な諸相をもつ「世界」 理想的な神々 深くさかのぼれば、平衡が解体する アルテミス:限界状況は母性的性格と少女的性格、生を楽しむ楽天性と殺意 、生殖力と獣性といった両夜間の一つの限界領域が拡大する 神話的方法で具体化される (ギリシアの神々の観念)もともと産むものと産み出されるものとの両方を一身に兼ね備えた神話的な始原児から発展したもの

3 神々しい少女像
乙女の姿をした女神たちは、少年神よりもはるかによくギリシア宗教の特質を示している ゼウスと支配権を分かち合っているのは、ゼウスの正妻ヘへーたーであるよりは、むしろパラス・アテーナ―Pallas Athene の半男半女的な形姿である 処女を意味するもう一つのことがパルテノスParthenos で呼ばれるよりも、コレーで呼ばれる方が多かった  彼女の母足りえたであろう女神メーティスは、ゼウスの腹中に飲み込まれ、、パラスが父ゼウスから生まれた
オリュンポス的秩序の外域にもう一柱の少女神が君臨している アルテミスのそれである、彼女もまた娘(コレー)であり、処女(パルテノス)である アルテミスの処女性は、アテーナーとは異なる何かを表している アテーナーの処女性は男性に屈服する可能性を締め出してしまったが、アルテミスの場合は、この可能性は彼女の処女性の前提とされる 母レトー官女はアルテミスの輪舞を見て喜びたいがためにあらわれる
ペルセポネーは、一切の女性的な関係(母に対する娘、夫に対する妻)を超越しているのでなく、極度に対立しながら平衡を保っている二つの存在形式として一体化している アテーネーとアルテミスは、ペルセポネーが略奪された時に居合わせた遊び仲間である 「コレー」主題の三つの変形を唯一つの場面で統一している アルテミスはアクティヴな女神 人間の女たちに対しては牝獅子
ペルセポネーは完全にパッシヴ 激しい匂いの花を摘んでいた、スイセン(ナルキソス)のように知覚を喪失させる花 「花を摘み集めるペルセポネー、彼女自身はもっときれいな一輪の花Persephone gathering flowers,Herself a fairer flower 」 処女性の喪失と冥府の境界の横断は比喩としては同価値 結婚と死というような、きわめて相違なるものを一つの包括的な観念で統一することのできたのは、この種の精神的関連 ペルセポネー;自己の運命—おのれの死が死における完成と支配として意味するところの運命—に帰順する女性

4 ヘカテー
コレーの略奪を物語る最古の記述は、ホメーロスのデーメーテール讃歌の発端に出てくる
太陽が少女の誘拐を目撃した時、ヘカテーは自分の洞窟の中にいた 彼女は少女の声を聞いただけ デーメーテル、ヘカテーは炬火(たいまつ)を手にペルセポネー略奪の目撃者たる太陽を探しに出かける 月の女神ヘカテー「光をもたらす者(ポースポロス)」(ヘカテーはいわば第二のデーメーテール) 少女的な層と母性的な雄と月の相の連環のつぼみ状の観念はホメーロス風讃歌における女神たちの三様態の背景では一定していない 古典的なヘカテー像は、硬直した異様な姿をしてギリシア的世界の中に立っている 一個の三角形の上に組み立てられ、顔は三つの方向に向いている 三分割に八ツ女性然たるゼウスの世界と並んで混沌たる一領域が残されておらねばならない 月や亡霊どもの原始世界 クーロトロポス(子供の養育者)乳母い、養母

5 デーメーテール
ペルセポネーは夫からザクロのみを食べさせられた 彼女は一年の三分の一を夫のもとで過ごさねばならない 母は決して娘を取り戻すことがはできない=人間的苦悩 ホメ―ロス風讃歌の中で、彼女が耕作の効用と穀類の喜びを人間どものに教えることについては一言も語られていない 大地が再び実を結んだあとで彼女が教えることはエレウシースの秘儀である ホメーロス風詩人にとって穀類は女神の自明の贈り物である 女神が追う場に身をやつしてエレウシースに来た時、 乳母として王の末息子でーもポーンの養育を引き受け この赤子を毎夜火の中に入れる デーメーテールの所業の意味—悪の中に潜む善—は不老不死 火による死が穀物の運命なのである。それにも関わらず一切の穀物は永遠
 子豚(デルパス)は海豚(デルピン)同様「子宮動物」

6 ペルセポネー
デーメーテールとともに現れるコレーは、大女神ヘーラーとともに現れるヘ-ベーと比較できる アルカディアでは、へーラーもまた三つの形姿を持って現れた 原母=原娘=女神 Urmutter-Urtochter-Gottin 結婚に乗り気のない原女神の婚礼に対する神話素 原女神デーメーテールは、ネメシスがヘレネ―の中で再生したように、馬の姿をした兄弟を持つ神秘的な自分の娘の中で再生したらしい 原母=原娘=女神の観念は、同時に再生の観念である  デーメーテール=エリーニュス 復讐の女神たちと冥界の王・王妃の間に見られる関係  ゴルゴ-ンに似た顔かたちは黒いデーメーテールの礼拝像  黒いデーメーテールの馬の頭部は、「大きくなり過ぎたヘビとそのほかの動物たち」が特徴であった 馬の胴体をくっつけたゴルゴーンの頭は、メドゥーサ退治を描いたアルカイク様式のある浮彫壺に見られる(ルーブル美術館蔵 ボイオティア) デーメーテールがポセイドーンとの間に駿馬アリーオーンを生んだようにメドゥサもポセイドーンとの交わりから有翼の神馬ペーガソスと、クリューサーオールという名の不思議な息子を生んだ (ケルキュラ、コルフ美術館の アルテミス神殿西破風中央 ゴルゴーンとクリュサオール) ペルセポネーの形姿を通してゴルゴーンを垣間見ることができる

7 インドネシアの娘神(コレー)
婚礼と死、墓場と花嫁の居間という奇妙な均衡状態 ラビ―(月の女神) ハイヌウエレの神話素 詩への方向は同時に誕生への方向

8 エレウシースのコレー
オリュンポス神話には入らない一つの神話的形姿 ゼウスはデーメーテールの気持ちを静めるために神々の母であるレアー をつかわす
原神と原女神は再三変身を繰り返しては一つにまとまり、原少女は死ぬ 少女の代わりに行かれる女神が登場する。女神は自分の娘の中に原少女—彼女自身—を再誕生させる母である 劇の舞台は、女神自身の三態性に従って三つに分けられた宇宙 エレウシースの密儀に関する確実な知識の一つは、参会者がデーメーテールと確実に一体化したという事実 密儀受礼者の頭は暗黒(ヴェール)で覆われた ミルテの枝で飾られた道を、炬火の他にミルテの束を手にしながら練り歩いた 「テロス(目標)に向かっていくこと」 超個人的な現象としての誕生 ピンダロス:「かかる物を見し後に地下に行く者こそ幸いなれ。そは生の終わりを知り、ゼウスの与えたまいし始まりを知ればなり」」
エイレイティア(お産の女神)北方的→原デーメーテールは北方伝来のもの
エレウシースの密儀で童子が一人入会させられた 子供に課せられて仕事は、所作に指定された通り正確に実行する(神の心を和らげる)こと 一童子神プリーモーの誕生 エレウシースの密儀で語られたこと「(天)雨よ降れ」「(地)実り豊かにせよ」 エレウシースの祭司 魚、特にホウボウは神聖であった

9 エレウシースの逆説
エレウシースの密儀参会者たちの体験は豊富な神話的内容を持っていた 刈り取られた穂が無言のうちに差し出された
神話はシェリングが言うごとく、われわれにとっても「深みと持続と普遍性という点で、自然そのものとのみ比較できる一つの現象」である

Ⅱ/B  コレー像の心理学的位相について C.G.Jung

「コレー」の心理学的対応物は、自己あるいは上位人格(全体的人間 自我とは厳格な区別を設ける)、アニマ8男性的女性)と名付けた諸類型の中にある 女性的意識を上下に広げる
デーメーテールとヘカテーにふさわしい形姿は、悠揚迫らぬ、実物大以上でもある母親像、ピエタ類型からバウボー類型に及ぶ母親像
女性の無意識の中で重要な役割を演じる「地母」 (非美学的な形態)
デーメーテール崇拝の心理学は、母権制社会秩序のあらゆる特徴を担っている。

結び エレウシースの奇蹟について カール・ケレーニイ

 母と娘との根深い同一性へのあゆみの妥当性を古代のある文書から直接に証明できる パウサーニアースはリュコスラのデスポイナ神殿を叙述しながら、はっきりとデーメーテールの二番目の娘のことを語っている アルカディアの物語:  デーメーテール、デスポイナ(デーメーテルとポセイドンとから生まれた娘の名)、炬火と二匹の蛇を手にした先導者アルテミス
ワルター・P・オットー(「エレウシース密儀の意味」(チューリヒ、1940)「無言の知」ではなく奇蹟への歩みの方をあえてとった 「恐ろしく早く芽を出して成熟する穀物の穂は、デーメーテールの密儀に固有のものであって、わずかな時間で熟成するブドウがディオニューソスの陶酔乱舞の祝祭につきものであるのと全然変わりはない。われわれはまったく同じ植物の奇蹟を未開諸民族の自然祭りにおいても見出す」

原注
文献一覧
訳者あとがき
 (トーマス・マンの創作、特にヨゼフ四部作以降の作品に及ぼしたケレイーの影響、逆にケレーニ―に与えた示唆に富む指摘などに見られる、本質的創造的な相互作用的結びつきが、ケレーニ―とユングの間にあたかどうか、答えは消極的 トーマス・マン研究のための参考文献としての訳出であった)
索引

もうちょっと書き抜きをしたいのだが、
次回に〈20170815〉


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