柳田国男

日本民俗学の祖 

柳田国男(やなぎた くにお)(1875-1962) の学問へのメモ

民俗学メモ

柳田国男
「郷土会」東夷村落研究会の組織(明治43年)
1925年(大正14年)雑誌『民俗』の創刊:日本民俗学成立のメルクマール
主著、研究方法、等
『後狩詞記』
『石神問答』
『時代と農政』
『遠野物語』1910(明治43年)
『婿入考』(昭和4年)
『蝸牛考』(昭和4年)「方言周圏論」
『明治大正史 世相篇』(昭和6年)
『桃太郎の誕生』(昭和8年)
『郷土生活研究法』(昭和10年)「重出立証法」・・日本各地から集められた民俗資料を類型化・比較し、日本全体の枠組みの中で民俗事象の歴史的変遷を明らかにする(『定本 柳田國男集25』所収 筑摩書房、1964年)
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1566.html

民俗学メモ

Wikipedia:民俗学より

柳田自身、「新国学」と称して民俗学の体系化を試みており、近世以来の国学の影響も強い。

折口信夫

柳田國男の高弟として民俗学の基礎を築いた

折口信夫(おりぐちしのぶ)(1887-1953)の学問へのメモ

まれびと、マレビト(稀人・客人)

「まれびと」の称は1929年、民俗学者の折口信夫によって提示された。彼は「客人」を「まれびと」と訓じて、それが本来、神と同義語であり、その神は常世の国から来訪することなどを現存する民間伝承や記紀の記述から推定した
時を定めて他界から来訪する霊的もしくは神の本質的存在を定義する折口学の用語。折口信夫の思想体系を考える上でもっとも重要な鍵概念の一つであり、日本人の信仰・他界観念を探るための手がかりとして民俗学上重視される。(byWikipedia

依り代(よりしろ)

折口は、古神道や日本の民俗信仰で用いられる、神降ろしの印を表す言葉がない、という問題から、依り代という言葉を、招代・標山とともに初めて用いた(1915年4月、雑誌『郷土研究』へ掲載した論文『髯籠の話』)(byWikipedia

常民(じょうみん)

民俗伝承を保持している人々を指す民俗学用語で、最初に使用したのは柳田國男である。「庶民」の意味に近いが定義は一定しない(byWikipedia

常世(とこよ)

海の彼方・または海中にあるとされる理想郷であり、マレビトの来訪によって富や知識、命や長寿や不老不死がもたらされる『異郷』であると定義されている(折口信夫『妣が国へ・常世へ』(1920)(byWikipedia


柳田國男全集〈1〉産業組合・農政学・農業政策学・後狩詞記・石神問答・2補遺 農業政策
明治大正史 世相篇 上 (講談社学術文庫 10)
蝸牛考 (1980年) (岩波文庫)